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天才と秀才の違いとは?色々と調べてみて見えてきたこと

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世の中にはどんなに努力しても追いつけないだろうなって人いますよね。僕も最近そういう人を目の当たりにし少し意気消沈してしまいました。

あ、この人にはどうあがいても勝てないやって。時々そういう存在に出会ってしまいます。

知ってること何でも教えてくれて、僕のことを思ってくれて接してくれているというのは伝わってくるのですが。

めっちゃくちゃいい人なんですけど、めっちゃくちゃ尊敬できて大好きなんですけど、出てきちゃいますよね嫉妬心(笑)

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なんかまぶしくて直視するのが辛い、そうまるで太陽のような存在ですね。そういった人達が天才だとすると、僕は頑張って努力して秀才として彼ら一歩でも近づければと思う次第です。

といったようなことを考えているうちに、そういえば天才と秀才の違いって何だ?というそもそも論に行き着いてしましまいた。

ということで今回それぞれについて調べてきましたのでご紹介していきたいと思います。

ただ違いを説明する前にそれぞれどういう人のことを指すのか?まずはそこからしっかりと押さえていきましょう。

天才と秀才それぞれの定義

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天才と呼ばれる人って”エジソン”とか”アインシュタイン”とかすぐ思い浮かぶのですが、秀才と呼ばれる人ってパッとは思い浮かびません。

まず違いを明確にするためにwikipedeiaで調べてみましたのでまずそちらからご覧下さい。

天才(てんさい)とは、天性の才能、生まれつき備わった優れた才能(生まれつき優れた才能を備わった人物)のことである。天才は、人の努力では至らないレベルの才能を秘めた人物を指す。

wikipediaより引用-

秀才(しゅうさい)は、常人より秀でた才能を持っている人物や、他人よりも才能が秀でている人物の呼称である。それは、特に訓練によるものや、周囲からの良い影響によるもの、当人の持っている素質などにより、優れているものとされる。

wikipediaより引用-

違いがおわかりいただけたでしょうか?一般的な定義がわかったところで次の章で自分なりに噛み砕いて天才と秀才の違いに迫っていきたいと思います。

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天才と秀才の違いとは?

先ほどの引用でもあったように、天才は生まれつき備わった才能、人の努力では至らない才能。秀才は訓練によるものや、周囲の影響によるものでしたよね。

つまり天才と秀才を一言で言い表すと”先天的か後天的か“ということになるかと思います。

色々と調べてみた上で自分なりの天才と秀才のイメージをまとめると…

天才

”天才”と呼ばれるような人を思い出して頂ければわかるのですが、小さいころから人とは違った破天荒な行動をとっていたりしますね。

幼少期などに世間で認められてこなかった人が大人になって、もしくは亡くなった後に世間に認められる多いイメージです。

秀才

それに比べて秀才と言われる人は、世間といいますか常識にそった方法で上り詰めいていく、そのような人を指す場合が多いですね。

今の世の中でいうとよく勉強をし、周囲に認められ、それを追求していく。そういったイメージです。

で、結局違いはというと僕は次のような結論に至りました。

違い

天才と言われる人は今までになかったものを生み出す人。秀才と言われる人々は、既にあるものを深めていく人。

いかがでしょう?まぁ一個人の意見になりますので反対意見はあるかと思いますが、参考にして頂ければと思います ( ´∀`)

 

では最後に秀才は天才を超えることができるのか?それについて簡単に述べて終わりにしたいと思います。

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秀才は天才を超えることができるのか?

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天才が先天的なもの、努力をしても及ばないものであるならば、凡人は努力しても天才には叶わないのか?

ただ本を読んだり偉人話を聞いていると、みな口を揃えたようにたように『他の人に出来ることなら自分にも出来る』という言葉を述べています。

先ほどの天才の定義が本当なら、これは嘘だと言うことになりますよね。だって努力しても及ばないのが天才なのに、他の人に出来ることは自分に出来るっておかしいですよね(笑)

秀才は天才に勝つことができるのか?言い換えると、努力で天才を超えることは可能なのか?いつも議論として別れるところです。

先ほどまでに説明した概念から大きく外れてきますが、この名言をYES”という答えに導きたいので天才と秀才について考え直してみると、僕らがもうその人に叶わないと思った時点で天才っていうのは生まれるのかなと。

なのである人からすればその人は天才だけど、またある人からすればその人は天才ではない。

そう考えると、天才と呼ばれるような人とそもそも同じステージで戦うことはないのではないかなとも思います。だって叶わないと自分で思っているのに挑む意味がないですからね。

なので僕らがあの天才に勝てるかなと思っている時点、戦おうとしている時点ではその人は秀才なのではないかなと思います。

そのように捉えるとよく天才に勝てるかどうかで議論されているのは本当は秀才であり、天才(本当は秀才)に勝つことが出来るという結論になりますね。

先ほどまでの章と”天才”の概念が異なりますが、様々な意見があるということでご了承下さい m(_ _)m

最後に

いかがでしたでしょうか?

少し長くなったのでまとめると…

 
  • 天才と秀才の違いは、先天的か後天的か。
  • 自分がその人を超えられないと認識した時点でその人は天才になる。
  • 天才(本当は秀才)には勝つことができる。

*最後の二つは僕の意見です。

 

今回の記事は答えが無いものに対してなので、何だか天才と秀才に関する定義が色々でてきてはちゃめちゃな記事になってしまいましたが、調べた結果に対する一個人の意見という形で書かせて頂きました。

また、この人天才だなと思える人にあったときの自分の心の整理と言いますか、そういう人に対する嫉妬心や自己嫌悪を解消していくのは自分の中のひとつの課題でもあります。

本当は人と比べる必要なんてないんですけどね^^; 頭ではわかっている者の心がそうさせてくれません(笑)まぁ人間だからこその悩みですね。

みなさんの天才、秀才に関する思いなどがあればぜひぜひ教えてくださいね♪

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    • yukkurism55
    • 2016年 1月 27日

    こんにちは、yukkurism55と申します。私は、天才「人から教わらなくても出来る人」1割、秀才「ちょっと教えればどんどん出来る人」2割、凡才「ガミガミ教えればなんとか出来る人」3割、鈍才「何をやってもだめな人」4割と思います。1+2+3+4=10割。いかがでしょうか?

      • atu
      • 2016年 1月 29日

      yukkurism55さん

      コメントありがとうございます^^
      なるほど!
      僕が書いた記事の定義よりyukkurism55さんの意見の方が個人的にしっくりきました!!
      ぜひ参考にさせて頂きます♪

    • yukkurism55
    • 2016年 2月 13日

    またまたこんにちは。僕の意見を取り入れてくださり、ありがとうございます。

    それに先だって、「Yahoo知恵袋」の質問事項に投稿したところ、次のような、ご意見がありました。ありのままに、コピーいたします。

    勝ち組 負け組 っていうけれど、じゃあ、勝ち組が日本の企業の1割だとしても、残り9割が負け組とは限らない。もちろん、負け組も多いけど、せいぜい4割だと思う。人間の特徴分類で考えても、1割「天才」2割「秀才」3割「凡才」4割「なにをやってもダメなやつ(つまり負け組)」だと思う。みなさん、どう思いますか?

    ベストアンサーに選ばれた回答
    souemon13さん                      2016/1/2719:02:47

    それはきちんとした定義じゃないので、誰かが勝手につけた言い方だから、私個人的には、人生の勝ち負けは自分で決めればいいこと。

    そもそも企業で勝ち負けなど決めませんよ。
    個人で仕事してもいいし、いい会社の社蓄になるよりも自由に暮らすことのほうが勝って思うかもしれない。

    あなたの考えはそれでいいと思う。
    サラリーマン世界を見ているのならそんな感じかな。

    私は世の中の8割は頭の良し悪し関係なく、普通に会社で働いて普通に暮らす凡人だと思う。
    農業や自営を含めて、仕事に失敗している人も含む。

    残り2割が自由に暮らしたり、金よりも好きなことをやって暮らしている。なるほど、と思いました。つまり、天才と思われている人が、実社会に受け入れられなくて、結局、鈍才の評価をもらうこともあるんだと。逆もまたあり。「エイヤ!」とあてっぽこで言った意見が通って、大絶賛で受け入れられる、どんでん返し。これもあり、かなと。

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